今、確かに「足音」を感じてもらうということ 〜人脈を広げるとは?

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credit: HTB via FindCC

どうも、Qtaro(@Daisuke_9taro)です。

突然ですが、僕はむやみやたらに人と会わないタイプです。

ちょっと誤解を生みそうな表現なので補足ですが、人と全く会わないとかそういうことではなく「今日はあの人と会って!明日はこの人と会って!!」のようなことはしない、と言えば少し伝わるでしょうか。

人と会うことを選ぶという人間の心理の背景には、少なからず「人脈」に対する意識があったりします。
ただ「人とたくさん会う=人脈が広がる」という考えで人と会おうとするのは時間を消費するばかりで、人脈なんてのは広がりっこないというのが僕の考えです。

じゃあ人脈は作りようがないのか?
人と会う意味はないのか?

答えはいずれもNOで、僕の考えはこんな感じです。

目次

人と会うことは一つの手段

人脈というのは凄く大切です。

仕事にしろ、遊びにしろ、人脈なしには楽しめないし、充実しません。まぁ人脈というと大げさですが、例えばたった1人でも気を遣わずに一緒にバカ出来る友人がいた方が人生絶対楽しいですよね。

その上で僕がいつも考えていることは

人と会うことは一つの手段

である。
ということです。

自分にとってその時間は有意義か?

人と直接会うことによって自分の存在をある程度認識してもらえるのは、こういっては何ですが「当たり前」なんです。

問題はその時間の使い方。

その時間の使い方自体が自分の人生にとってどう有意義であるかという点、ここがポイントです。

人生を早回しで想像してみると分かり易い

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一つ、試してみてほしいことがあります。
(今時間がある方は良ければお付き合いください)

自分自身を俯瞰して外から見る人間となり、今考えている「人脈の広げ方」の考え方の元に生きる自分の人生を早回しで想像してみてほしいんです。もう少し具体的に言うと今この瞬間から、例えば自分の80歳までの人生を30秒くらいに圧縮して高速で動かして上空から眺める感じです。

一瞬読むのを中断して
時間をとってもらってかまいません。


どうですか?

来る日も来る日も「あの人と会わなきゃ!この人も会わなきゃ!」とアチコチへ身を運び時間を消費していく自分の人生、それは充実していましたか?

人と会うことが目的にはなっていませんでしたか?
誰かに選ばれた時間ばかり過ごしてませんでしたか?
何のために生きていましたか?
そこに自分はありましたか?

もし想像してみたことで何かしらの違和感を感じた人に気にして欲しいことはコレ。

自分が楽しくないなら止めた方がいい

誰1人関わることなく幸せになれる人なんてのは絶対存在しません。ただ人と多く接する人程幸せになれるかというとそれは全然別問題。

とにかく誰かと騒いでる時間が好き!という人もいれば、それはそれで好きだけど自分のペースで、自分の世界に没頭することで自分の人生を充実させることが出来るという人も多くいるワケです。

そしてそれは良し悪しではなく、タイプであり、向き不向きであり。つまりは単なる好みの問題です。

人と会うことで人生なんて豊かにならない

「自分の人生を変えたい!」

のような意識高い系の人に多いような気がするのですが、人に付きまとったって、有名人を追いかけたからって、あなたの人生は今後一切充実しません

なぜなら自分の人生を充実させることが出来るのは自分だけだから。
人と会うことに関しても「自分がそれを望むから」その時間は充実するんです。それは例えば家族だって同様。家族がいるから幸せなのではなく、自分が会いたいと思える家族に自分が会えるから日々充実してるし、幸せなんです。

誰かからやらされたって、腑に落ちないまま臨んだって、それで結果が出るからという理由だけで動いたって、何も得る物なんてありません。

確かに「足音」を感じてもらうということ 〜「人脈を広げる」への違和感

自分の時間をただただ消耗し、食い潰すだけです。

自分の選んだ時間であることが大切

だから、むやみやたらに「人と会わなきゃ!関わらなきゃ!人脈作らなきゃ!」と思い込んでいる人に僕が言いたいのは

「人と会うことで人脈が広がり、人生が充実する」なんていう大きな勘違いで大切な人生を消費するのはやめてほしいなということです。

僕はお酒が好きなので「飲みニケーション」を否定するわけじゃないですが、自分が望まない交流に時間を割くことがどれだけ自分の人生を浪費させてしまうのかは、先の自分の人生を俯瞰して圧縮して早回しで想像してみてほしい、の部分で何となく感じて頂けたかと思います。

自分が楽しいなら会えば良いし
自分が楽しくないなら人とむやみに会うなんてやめるべき。
自分が本当に会いたい人とだけ会えば良い。

それだけの話だと僕は思います。

まとめ

さて、なんでこの記事を書こうと思ったかというと

僕が運営のサポートをしているぴよたそというサイトの中の人、シブタク(@pochimin02)さんをピックアップしたこんな記事を見かけたのが理由だったりします。

「マーケット感覚」を身につけた ”ヒヨコ” に会ったら、スゴすぎて絶句した。 – ミラクリ

上の記事も読んだ上でこの記事を読んで頂いている方は既になんとなく感じてもらえると思いますが、僕と彼(シブタクさん)の人脈術は対極にあります。

彼が「動」の動きだとすれば
僕は「」の動き。

先に述べた通りですが、これはどちらが優れているということはなくどちらにもメリデメはあります。そしてそんなことより何より大事なのがどちらが自分に合っているかという点です。

ここまで聞いても「いや、俺はやっぱり人脈は人と会って広げるぞ!」と考えるのは別に全然悪いことではありません。でも先に述べた通り「どちらが自分に合っているか」という点と向き合っておくことがやはり人生においては一番大切だと思うんです。

人と「会わない」ことも人脈術

夕焼け

最後に

人と会うこと、人と会わないこと。
これはどちらも人脈術です。そしてどちらも単なる手段です。

「直接会うに越したことはない」と思う気持ちも分かりますし、僕も人と顔を合わせて会うことによって得られる恩恵はそれなりに理解してるつもりです。ただ、例えば僕自身は一度も顔を合わせたことがない上の記事のメンバーの集まりの中で僕の話題がほんの少しでも出ていたならば、僕の「静」の人脈術は十分に機能していると言えます。

僕は日々確かに「足音」を感じてもらうだけ。
僕は日々確かに「自分の時間」を過ごすだけ、です。

人生は有限。時間には限りがあります。
自分が一番充実する時間を選び、自分の人生を過ごしていきたいっすね。

じゃ今回はこのへんで。Qtaro(@Daisuke_9taro)でした


P.S.

「嫌われる勇気」

最近フと読み直したんですが、やっぱ良書でした。
読んでない人には誤解されがちですが、嫌われたって良いんだよ!と煽ってる本ではありません。「自分の人生を生きろ」という教えを解いている本です。おすすめですよ

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この記事を書いた人

Web Developer / 秋田県秋田市出身 / ただのおばけですよ

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