ここらでブログ飯について思うことを書いておく

ここらでブログ飯について思うことを書いておくか - [週刊room9 vol.1]

ども、Qtaro(@Daisuke_9taro)です。

さて、先週一週間なにかとネット上で「ブログ飯」というキーワードが賑わっていました。若干盛り上がりは落ち着いてきましたが、せっかくなのでここらで自分の意見を書いておきたいと思います。

“Curry and Rice!” by Jodimichelle

スポンサーリンク

話題になったのはこちらの記事

という訳で、先週話題になっていた記事はコチラ。
この記事書いてる時点ではてブ500超えてますね。

まだ記事ご覧になったことない方はまずはどうぞ読んでみてください。

一昨日のことなんだけど、嫁に「会社を辞めてブログで食べていく」と告げました

「ブログ飯」何が悪いんだっけ?

先に自分の意見を書いておきますが、僕自身は「ブログ飯」目指すこと賛成です。
今上記記事のブログ上では「やっぱやめました、すいません」という状態になってますが、そのうち再開することがあれば楽しく見届けたいなと思ってます。
ただ誤解されないように言っておくと

別にそれが上手くいくとは思ってません。

もちろん全力で応援しますが。

自分が目指したい道があって、自分が達成感を得られるものがあって、それをわざわざ避ける意味が僕には分かりません。本人がそれに向かって全力で取り組んでいるのであれば、それは他人がどうこう口出しする話ではないです。

失敗したところでそれは本人の「運」「努力」が足りなかっただけ。
それ以上でもそれ以下でもない。それを経験に次に進めば良い。

なんてゆーか、別に犯罪や人の生き死にに関わることに手を出している訳じゃないんだから、自分含め外野がどうこう口を挟む話ではないです。

「ブログ」だから過剰に反応してるだけ

たぶんこれが「ブログ飯」だから叩かれるんですよね。例えば

「プロ野球飯」
「大道芸人飯」
「小説家飯」

これでも叩きますかね。
まぁ叩く人は多少なりいるかもですが、間違いなく「ブログ飯」程じゃないと思います。

でも確率的に言ったら上に上げた例に比べて「ブログ飯」が飛び抜けてハードルが高いかと言うと。。別にそんなこともないですよね。

メジャーリーガーになるよりは可能性ありますよね、きっと。

自分の経験の押しつけは「余計なお世話」

「ブログ飯」が標的になる理由は明確で、その生き方が今「旬」でまだそれ自体が十分に確立されていないから。ただそれだけ。旬だったり、自分が多少なり知識を持っていることって自分の意見挟みたくなるのが人間なので。
例えば、僕は野球大好きなんですが

「オレさぁ、野球やったことないけどちょっと今から本気出してダルビッシュ超えるわ」

と同世代の人間から告白されたら「ちょ、野球ナメンな馬鹿wwww」って思わず言っちゃうと思います。

まぁそれも本来は余計なお世話。
本人がやりたい言ってるならやればいいんです。自分の人生なんだし。

自分で自分の「壁」を作るのが得意な日本人

正直、僕は上の記事に対するネガコメも見るたびに「あーこの人は近い将来きっとやってくれるわぁ〜」というワクワク感がハンパなかったです。それだけ今の時代の当たり前に「波風」立てる刺激的な選択。僕はそう思います。なんてゆーか、今の日本人って人生の

「壁」

を自分で作るのが大の得意。

「これが当たり前」「仕事ってそういうもん」そーゆうあらゆる可能性を閉ざす「壁」。そのうちその究極に危機的な状況に対し

本人が危機感さえも感じなくなってしまう

そして変化を忘れた人間は身の回りの「変わる」コト・モノ全てを拒絶する。。
まさにこういったときのネガコメから日本社会の「影」が垣間見れます。
僕はネガコメの内容自体は正直どうでも良くて

日本人のそれなりの層がこういった思考状態だという事実

がただただとても悲しいです。

「好き」を選ぶというのは「苦しい」も選ぶということ

あと、良くこの手の話題で「好きだけで飯食おうとするなんざ甘いぜ!」なんて意見を耳にしますが、これはちょっと勘違い。

独立して仕事として「好きなこと」を選択するということは、その道を極め続ける必要があります。与えられた作業をこなしたからといって、それなりの給与をもらえるなんて特典はもうありません。逃げ場ナシ。

更に言えば、好きをアウトプットして価値を届ける。そこには必ず「変化」が必要。同じことをしていれば顧客に価値を届けることができるということはなく、必要な変化のために自分がまだ足を踏み入れてない領域、先の見えない世界に対し、どんな不安や苦労があろうと自らその「苦しさ」を選択しなくてはいけません。

残念ながら「居心地がいいから」という現状維持の精神からは「衰退」しか生まないので。

「好き」を選ぶのには結構覚悟は必要です。その状況を苦としない人にとってはもちろんメッチャ楽しいですけどね。

「変態」と「天才」は紙一重

だから自分が好きなもので価値を与える道が、生半可な努力で実現できる訳がないんです。その道を理解できない人間からすれば「異常」もしくは「変態」とも取れる努力を続けることが必要。そしてそのある種の ”異常さ” を支えてくれるものこそが

好き

これがあるから、外から見れば異常な努力も、本人は時に誰よりも心から楽しみながら取り組み続けることができます。

ホント。。いつも思うのが変態と天才って紙一重

でもやっぱこの世界を楽しくしてくれるのって、間違いなくそういう存在なんですよね。

多くの理不尽な「批判」は間もなく大成する証

さて、そろそろまとめですが。僕は現状の日本社会の活気のなさの根本的な原因の一つを、こういった記事に対して出てくるネガコメにいつも感じます。

そしてここの考え方、行動を変えていくのはそれこそ生半可な努力で成し遂げることはできません。だから一先ずこの記事を書いた本人に唯一言うとすれば「気にすんな」ってことくらい。

身近で親身になってくれる人の自分から聞きたいことがあれば相談する程度で、あとは自分の判断で進めばいいかと。まぁ僕は。。

「多くの理不尽な批判は、その人が間もなく成功する証」

と思ってるので、今回もネガコメ出てくる度に「あぁーこの人大成に近づいてるわぁ。。」となってたんですが。なのである意味僕にとっては

超幸せ

な一週間でした。一人の意気込み対するこの先の可能性をリアルタイムに感じられる機会はなかなか貴重な経験なので。この話題を盛り上げてくださった皆さんには本当に感謝しています。ありがとうございました。

僕はのんびり楽しみにしてます

そんなわけで、またこの記事を書かれた方が改めて「ブログ飯」を志すタイミングを楽しみに待ってみたいなと思います。当のご本人はこの一週間それどころではなかったかもですが、これも一つの経験と捉えてまた面白いことしでかしてくれることを期待して待ちます。

あ、サイトの「ロゴ(ウサギ)」を使ったグッズとか販売したら教えてほしいな。

まぁ何はともあれ、今後がとっても楽しみ。そして何より

期待してます!

まとめ

という訳で今週は「ブログ飯」に関する話題をピックアップさせていただきました。

自分の道は自分で決める。それで良いんじゃないですかね。

今回の記事は以上です。

ではこのへんで!